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2009年 01月 12日
ブログを始めて教室の情報だけでもつまらないかな?、との思いから、 私が人形を始めてからの思い出に残る出来事などを、時々掲載しようと思います。 「やめときゃよかった」とすぐにでも後悔しそうですが・・・ まずは「ドール・スペース・ピグマリオン」に関して。 ピグマリオンを開設したのは1883年の末、たしか12月だったような? 私が人形を作り始めたのが1973年頃ですから人形を始めて10年後のことです。 ピグマリオンを始めて、すでに丸25年が経過してしまいました。 いきなり何の下地もなく始めたわけではありません、 その10年間の間に、代官山の「仏蘭西館」、目白の「竹取物語」といった人形の お店が開設していた人形教室で講師をしていました。 人形を作り始めて10年、そろそろ本気で一生の仕事として人形作りに取り組む 時期では、・・・そのための「自分のアトリエを構えよう!」 できればそこへ人形を作る人たちが集まって交流したり、仲間で発表活動をする 場にもなれば・・・ そうなんです、ピグマリオンは最初は私のアトリエ、として始まったのです。 ![]() ところが事情があって「竹取物語」の教室から身を引く事になって、 つまりは、そちらへ来ていた生徒さんたちを引き受ける事になってしまいました。 半分アトリエ、半分教室って感じのスタートになったわけです。 教室として始めるにあたってどうすべきか。 人形の技法は多様です。 一つの技法だけを教える教室では視点が狭くなるのではないか、 ある程度違った技法を幾つか習った上で、自分に合った製作スタイルを発見できるのが 良いのでは、との思いから、最初は基礎課程のカリキュラムがありました。 簡易的な関節人形、布張り人形、ポーズ人形、張子技法,型抜き技法、他・・・ 当時は辻村寿三郎先生、与勇輝先生、に代表される布張りの人形が主流でもありました。 私自身20代の頃は両先生の影響を受けた作品を作っていました。 この頃、ポーズ人形を作っていた事が人形を全身でとらえるといった意味でとても勉強になりました。 人の形を作る、たとえば頭。 輪郭があって、目、鼻、口、耳、があれば頭にはなります。 子どもが作ったように稚拙な形でも頭にはなります。 自分がそこに描くイメージどおりの形になっているのか、 ただなんとなく出来上がった形でも最初は満足ですが、幾つか作り上げるうちに 「違うんだよな~」となったりします。 私は専門的な美術の教育を受けたわけではありませんので、 デッサンなんぞ描いた事がなかったのです。 「やはり人形を作る上で人の形を理解する事は必要だろう」 当時の住まいの近くにあったクロッキー教室に通い、 裸婦デッサン、クロッキーをしばらく勉強しました。 話がそれましたが、 そのデッサンの先生、佐藤重明氏(画家)にもピグマリオンで講師をしていただいた時期があります。 ピグマリオンにデッサン・クロッキーのクラスがあったのです。 仲間の造形作家、吉川ゴエモン氏には裸婦を前にして粘土で造形する立体クロッキー? クラスを指導していただきました。 人形製作の多様な技法や基礎が学べる教室を目指したのですね。 そのために個性ある作家に講師をお願いしてきました。 現在のピグマリオン講師は水澄美恵子、本城光太郎、佐藤美穂、陽月、そして吉田良。 創設期には菊池恵美子(故人)、渡邊素子、吉川ゴエモン、佐藤重明、その後、浅見恵子、 天野可淡(故人)、と言った作家のみなさんの協力を得る事ができました。 ありがたいことです。 人形を習いに来る人たちにも恵まれました。 すべての人が才能に恵まれるわけではありませんし、 長い間人形制作に携われるわけでもないでしょう。 短い期間でも好きな人形と向き合い、人形を創作する行為、 人形に限らず、イメージを形にする楽しさはその人の人生を豊かにすると信じます。 現在でも当初の気持ちは基本的に変わっていません。 現在、主流は球体関節人形ですが、ビスクドール、布張り人形、ポーズ人形、オブジェドール など、多様な人形達がピグマリオンの空間を通して生まれています。 今、ピグマリオンで勉強している、貴方!アナタが次世代を担う人形を生み出すかも! そうなってくれるのがピグマリオンへ託した私の夢。 期待してますよ。みなさんに・・・ Doll Space PYGMALION YOSHIDA Ryo
by pygmaliondoll
| 2009-01-12 19:08
| 人形回想録
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